中島弘晶 社長 × 立教大学 倍 和博 教授

進行役 永谷栄志(社史編集スタッフ)

お客様のニーズに合った塗料を提供する
それができるのが我々商社の強み

中島社長:これまで節目の年に記念式典はやってきましたが、社史を作るのは今回が初めてです。日本の企業において、やはり業歴というものがステータスの一つになりますし、そのためには創業者を含め、過去の先輩方が何をやってきたのかという軌跡が残っていないと、将来、100年企業に向かって進んでいくための羅針盤ができない。そこで今回、倍先生と過去を振り返りつつ、将来どういう方向に進むべきか、まとめていければいいなと思っています。

倍教授:今、「グルーバル化」および「少子高齢化」により、日本の経済構造がドラスティックに変わろうとしています。そうした中で、政治の世界では、今年(2019年)7月の参院選でミニ政党が2つ躍進しましたし、経済でも、MMT(現代貨幣理論/Modern Monetary eory)という考え方が注目されています。MMTとは、財源調達のために自国通貨であればいくら国債を発行しても問題ないとする考え方です。ケースは多少違うけれど、日本ではそれでインフレは起きていないということで、世界から注目されているモデルで、世界が一気に金利の引き下げに入っています。金利を引き下げて、国債を発行するということで、今は経済のほうもガラッと変わってきているのです。
 中島商会の経営理念には、「塗料・塗装を中心とした財およびサービスを提供する事で社会の暮らしに健康で快適な喜びを与えることを使命とします」と掲げられていますね。経営学の基本であるSWOT分析的にいうと、中島商会の資源的な「強み(Strength)」は塗料・塗装、それからその関連会社です。そして、資源分析から環境分析に入っていかないといけないわけですが、環境分析を行う際には、自社の弱みを把握する必要がある。中島商会の場合には、塗料・塗装に軸足を置いていますから、そこからどのように角度を変えて見ていくかというところが非常に難しいと思います。今後、事業をどのようにコングロマリット化(多角経営化)していくのか、また、コングロマリット化して散りばめながら、その中から選択してどこかに集中していかなくてはいけない。つまり、これが事業ドメインの策定となって来るわけです。

中島商会創業70周年記念対談2

中島社長:今までのような、塗料メーカーから仕入れてそれをお客さんに販売するというやり方だけでは、これからは厳しい。ですから、「モノを売るだけでなく、“コトづくり”を考えていこう」ということで、商品に付加価値を乗せた形で購入していただくことに取り組んでいます。具体的に言うと、トランスフォーメーション、ドローンを使った診断等が挙げられます。また大阪大学の研究者と一緒に、塗装ロボットを開発中です。物売りを得意としてきた中島商会が、そこに附帯サービスを付けることで、買う喜び、ユーザーエクスペリエンスといったものを今後どんどん増やしていこうと思っています。
 また、これからは海外に目を向けていきたい。海外の塗料はまだまだ品質が低いので、機能性の高いメイド・イン・ジャパンの塗料を海外のお客様に販売していこうと考えています。塗料メーカーは、日本ペイントさんだけでなく、200社ほどもあるんです。そして各社それぞれに強み・弱みがあり、うまく棲み分けができている。ですから、お客様のニーズに合った塗料を我々が選別して、提供する。そうしたことができるのが、我々商社の強みだと思っています。

倍教授:中島商会は、お世辞抜きで、若手従業員のモチベーションがすごく高い。社長に対して、うまく甘えたりしながらも、言いやすいんですよね。従業員と社長の間には、どんな会社でも絶対に壁はあるものですが、その壁をどのくらい越えられているかというところを見ると、社員の意欲はしっかり育んでいるなと感じます。
 行動指針は、「『和』を大事にして周囲の人に活力を与える行動をとろう!」。これも、そうした社内環境を見れば、できていると思います。そして企業理念の最後に出てくるのが、「3つのACE」です。これも、「ACTIVE 積極的な行動をとろう!」と、「ETHICAL 公正な善悪の判断をとろう!」というのはOKなんです。一番の肝になってくるのは、僕は「CREATIVE 斬新的なアイデアを提供しよう!」だと思っています。この「CREATIVE」というところと、今の事業ドメインが、今後の会社運営の核であり肝であると僕は感じました。
 他の企業でも、創業家がある程度うまくやって、うまく事業承継しようとする中で、社外から優秀な人材を経営に持って来てもうまくいかず、業績が悪化していく。しょうがないから、また創業者が復活する。それを繰り返している企業もあります。そして、いよいよ自分が突然死んだら会社はどうなるのか、真剣に考えなくてはいけない年齢になる。創業者を超えるような経営者、特に2代目、3代目というのは大変なんですよね。先ほど、岡山城を少し拝見しましたが、岡山城を建てたのも2代目ですよね。1代目・宇喜多直家が岡山になんとか慣れて、これから本格的に何かをやろうとしたとき、2代目・秀家が出てくる。まさに社長の代です。そして難しいのは3代目なんです。

100年企業は創業の地を大切にしている

倍教授:日本には、100年企業とか200年企業という、世界には見られない企業があります。伊勢の赤福なんかもそうですね。こうした企業は、いろんな問題を乗り越えてきたわけです。そうした永続している企業の条件を探りたくて、3000社にアンケートを送りました。通常、アンケートというものは回収率5%程度なのですが、これは50%ほども回収できました。みずほ総合研究所が実施したアンケートでしたので、「書かなければお金を貸してもらえないかも」というプレッシャーもあったのかもしれません(笑)。この時の結果を『永続企業の条件――環境変化に打ち克つ5原則』(麗澤大学出版会、2012)という本にまとめていますので、ぜひご一読ください。
 ちょっと話は横道に逸れますが、この時の回答には、内部告発的な要素があるものもありました。回答の選択肢は0~5で、良いのが5、ダメなのが0。その中で、全部0を付けてきた会社があったんです。そこの担当者を支店から呼んで話を聞いたんですが、そこは1回倒産している会社で、債権者が入って再建したという娯楽系の会社でした。逆に、全部5が付いている会社もありました。これもやはり内部告発だと思います。アンケートは、経営企画室宛てに送って記入してもらっている。これが学生対象のアンケートならばいい加減に回答して、全部5、5、5……と付けてくることもありますが、融資してくれている銀行からのアンケートなのに、全部0、全部5というのは通常ではあり得ないわけです。
 それから、このアンケートで面白かったのは、「創業の地を大切にする」ということが共通していたことでした。例えば、コンタクトレンズのメニコン(愛知県名古屋市)やトヨタ(愛知県豊田市)もそうです。100年企業、少なくとも30~50年以上保っている会社が永続企業だと私は判断していますが、そうした企業は創業の地を非常に大切にしているところが多い。中島商会も、70周年ということは永続企業に近いと言えるでしょう。ですから、まずは創業の地・岡山を大切にするということと、足元の塗料・塗装を大事にして、その延長線上で何ができるかを模索すること。そこで斬新なアイデア→CREATIVEが必要になるわけです。その辺り、今後の展望を伺いたい。

中島商会創業70周年記念対談3

中島社長:おっしゃる通りです。やはり塗料・塗装の延長線上に何を見出すか。ここに関しては、すぐにひらめきが出るわけではなく、日々つねに考え続けています。いろんな人と話したりして、周辺関係の整備ということが必要かなと思っています。
倍教授:そういう意味では、中島商会のいろいろな資料を見ていくと、「従業員」や「周囲の人」を含めた「人」というWordをとても大事にしようとしているのが読み取れるんです。そうした人たちとうまくコラボして、協業していけばいい。社長お一人だと、アイデアにも限りがありますからね。

永谷:CREATIVEなところは正直、やはり社長頼みのところはあるかなと思っていますが、それを打破するために、倍先生にお世話になっている井上など、少しずつ人材が出来始めているのかなという感じですね。

中島社長:無駄になるかもしれないけれど、全く異業種の講演会や展示会などにも積極的に社員を行かせています。

倍教授:経営戦略の父といわれるイゴール・アンゾフの重要戦略のマトリックスがあります。これは製品と市場をX軸とY軸にとり、現在の新しい製品、現在の市場でマトリックスを組むというもので、通常は現在の商品で現在の市場に売り込みを掛けていくとき、今はまだ市場に浸透していなければ、広告宣伝を打つなどして、市場浸透戦略を考える。これは当然出来上がっています。
 ここから次のフレーズになるわけですが、市場は現在のままで新しい製品を開発するということから「製品開発」、これが第1フレーズです。そして、さらに第2フレーズとして、社長からお聞きした話ですと、オーストラリアやメキシコなど、あるいは建築資材関係では上海などに出られているということで、これは「市場開拓戦略」を取られている。ですから、戦略作戦の流れとしては、第2フレーズにもう来ているということです。
 そこで質問なんですが、第3の道として、製品を新しくする、市場も新しくするという、「多角化」についてどうお考えでしょうか。

中島社長:そちらに関しては、ブルー・オーシャンです。競合がまだいないので、パイオニア、フロントランナーみたいなものです。ですから、現状の顧客とどうやって結びつけていくのかというところですね。お客様のインサイトにもなっていないかもしれないので、そこをどうやってリンクさせていくか。それが一番の肝だと思います。

大学院やビジネススクール
…人を大切にしている印象

倍教授:トップマネジメントは基本的に、細かなことはもうミドルに任せるわけです。トップが細かく、「お前、何をやっているんだ」「あれはどうなっているんだ」というのではなくて、これまで会社として直面していない新しいことに対して意志決定できるかかどうか。それがトップマネジメントです。まさに「CREATIVE」なことが出来る人が社長でなければダメだと、僕は思っています。社長は、そういう意味ではおもしろい。アイデアマンですよね。
 人にはいろんな特性があって、自分にアイデアが無くてもいい。アイデアを生む次の人材をつくるプロであればいいのです。そういうことでは、大学院とかビジネススクールに、芽がありそうな人をどんどん行かせて外からの刺激を与える。これは意欲的な従業員にとっては大変魅力的でしょう。
 こういうことは、一部や二部に上場している大企業ならやっています。ちゃんとした社内制度があって、海外留学もさせています。ところが、非上場の会社でそこまでする企業は、僕が調べる限りでは、人を大切にしている会社だと思います。本来ならば、そういう非上場企業というのは、だいたいは下請け感覚でしょう。だからイノベーティブなことは求めない。上の親会社(元請け)などから言われたことをやればいいだけなんですから。でも、中島商会は下請けではないんです。斬新なアイデアを出して、それをフットワークよくみんなで好きにやっていくんだということだと思うのです。そのために上場しないんだというのを、僕は先日の社長の講演会から受け取りました。

中島社長:社員の中には「上場したい」という思いもありますが……。

倍教授:僕もちょっと株はもらいたいな(笑)。

中島商会創業70周年記念対談4

中島社長:ははは。そういう思いもないわけではないのですが、問題は、では「上場して何のメリットがあるのか」ということなんです。社員からは「知名度が上がるのでは」ということも聞きます。ですが、「上場企業は何社あるか知ってる? 100社くらい挙げてみて」といっても、実際にはなかなか言えません。そこに何の価値があるのか。今は完全に株主重視になっていますが、非上場なら株主を見る必要はないんです。どちらかといえば、私は社内を含めた周辺環境の人を幸せにしていくということが一番大切なことかなと思っています。当然、上場企業もそのように言ってはいますが、それは株主のために言っていることであって、本当に社員のため、ステークホルダーのためかというと、そこには疑問があります。

倍教授:僕は、会計学的立場から、企業のスポーツ振興活動は基本的に「広告宣伝」だと思っているんです。純粋なスポーツ振興活動ならば、ゼッケンに書いてあるスポンサーの社名を外してもいいはずです。でもそれはしない。だから広告なんです。
 いま、テレビドラマで池井戸潤原作の「ノーサイド・ゲーム」をやっているんですが、あれを見ていると、僕のイメージでは、あれはサントリーではないかと思うのです。サントリーは、何があっても、たとえ業績が悪くても、絶対にやめないんですよね。サントリーがやっているあれは、僕はスポーツ振興だと思います。ラグビーがなかったらサントリーはもたない、社員がもたない。インタビューしても、それが自分たちの胸に付けている社員章と同じなんだという意識があるんですね。サントリーも非上場企業ですから、同じような形態ですよね。僕は中島商会さんのところをイメージするときには、常にサントリーをイメージしているんです。
 ただ、次の10年、20年を考えたとき、中島社長は後継者をどう考えるのかというビジョンをお聞きしたいんです。たとえば、ファンケルでは、キリンホールディングスという信頼できる大手企業に株を33%買ってもらって、資本業務提携を締結しました。そのようなやり方をとるとか、もしくは、今積極的に進められている人材開発、人材育成ということで、社内から若い新しい人が出てくるのを待つか。どちらでしょうか。

中島社長:もう社内抜擢ですよね。社内昇格が一番ですね。

永谷:我々はメーカーではないので、設備投資というのは企業としてないわけです。それでは、その分をどこに投資してもらっているかというと、人材育成というところにかなり投資してもらっていると思っています。そこは十分に受けていると従業員は認識していると思います。私のことでいえば、海外に行かせてもらったというのもそうですし、コーワーク勉強をしている人間もいれば、ビジネススクールに行っている人もいるし、ドローンの資格を会社で援助して取らせてもらっている人もいる。希望者にはそれなりのチャンスを与えてもらっています。その中で、社長からすると、「誰がどんな面白いことを言ってくれるんだろうか」とか、「俺を脅かすやつは誰なんだろうか」というくらいに、少し高い所からお酒を飲みながら見ておられるのかなというようなイメージです。

中島商会創業70周年記念対談5

倍教授:先ほど話した池田3代目当主は、初代は落下傘のようにこの土地に来る。2代目であの後楽園を造ったり、基盤整備をされました。中島商会の場合は初代で基盤整備まで終わっているんです。だから、今度はどうするのかとなったときに、「人」に向かったわけです。その仕組みについて、今日は経営理念から経営方針、行動指針、「3つのACE」というふうに追ってきたわけですが、2014年よりスタートした第5次中期経営計画では『ナカシマ’s challenging V5』が掲げられました。5つの目標を設定し、それを達成することで永続的な発展や、従業員の幸せな暮らしが実現され、そして100年企業へと成長していくというストーリーですよね。枠組みはできている。こういうPDCAのようなものをきちんと確立させれば、社長はより一層、斬新的なクリエイティブなことに専念できるだろうと思います。そして、それをサポートする若手も徐々に育成されてきています。
 そして、次の何十年ということでは、先ほど話した第三の道である「多角化戦略」、これに行くんじゃないかと僕は見ています。他の大きな上場企業のような形で継承していく必要はないように、身軽な状態にはしてあるんだけれど、「従業員の将来のことを考えると……」という部分はありますよね。だから、一応ポートフォリオを組む中で、新しい製品を作るとか新しい市場を開拓するということと併せながら、例えばオーストラリアで塗料を売ったりするということをやりながら、何か違うことにチャレンジするのではないかなと、僕は見ているんですよ。ウーバーイーツのような感じですね。運営会社のウーバー・テクノロジーズ(UBER)はタクシー業をやっていたと思っていたら、物流とか運ぶというところだけを使って、飲食店に取りに行ってそれを一般の人が運んでくれるという新しいドメイン設定の仕方なんです。こんなふうにやるんだろうと僕は思っています。

相手と同じ目線に立つことがフェアな関係に

倍教授:それで社長の代で何がやりたかったのかと考えると、僕は人の育成ではないかと思うんです。他のことをやっていないということではないんですよ。それは人並みにはやられています。

中島社長:そうですね、人材育成には力を入れています。

中島商会創業70周年記念対談6

倍教授:大企業は人材育成に力を入れるんです。なぜかというと、先ほども言いましたが、上場企業はアイデアを出さなければいけないからです。でも非上場企業は、本当はそんなことをやる必要はなくて、下請けだけやっておけばいいんです。つまり、優秀な人材は要らない。ルーティンワークができるローワーを中心としたワーカーを育てておけばいいのです。だからトップマネジメントとはいうものの、非上場企業ではマネジメントが実質的にはミドルマネジメントのようになっている。それでいいんです。言われた通りにやればいいんです。

中島社長:高度経済成長の時のビジネスモデルですよね。同質な集団をつくっていくという。

倍教授:そうです。なのに、中島商会はちがう。僕は最初に、社長自らが大学院に学びに来ているというところに疑問を持ったんです。だって、本来そんな必要はないですよ。下請けでやっておけばいいんだから。それで、もしかしたら「下請け切り」のようなことになって仕事がなくなったら困るから来ているのかなと、最初は思ったんです。でもそうではなくて、社長は攻める方だったんですよね。CSRでも、よく「守りのCSR」と「攻めのCSR」と言います。僕はCSRというのは、基本的に日本の場合は、リスクマネジメントと考えていますが、そのリスクマネジメントも、起きてから対処するリスクマネジメントと、起きる前から事前に準備をしておくリスクマネジメントの2つがあるんです。それをクライシスマネジメントと言います。だいたい非上場企業は守りなんです。攻めはやらない。ところが社長から、大学院に来られていることの話をよくよく聞いてみると、どうも攻めだったんですね。
 普通は非上場企業の社長が大学院に来るといったら、たいていは大卒の部下の手前というような理由が多かった。官僚もそうでした。かつて大卒者が少ない頃だったら、東大卒であればじゅうぶん「学士様」扱いだったから良かった。ところがみんな大学に行くようになってきたら、みんな「学士様」でしょう。いろんな企業に「学士様」がたくさん出て来た。これはまずいということで、官僚たちをアメリカに留学させて、MBAを取らせる。「修士様」に鞍替えしていったわけです。そうすると一般企業側も「これではいかん」ということで、富士ゼロックスの小林陽太郎さんなんかも「みんなでペンシルバニア大学へ行こう」というふうにして、優秀な上場企業や大企業が、修士に上がって来た。そうしたら今度は博士号まで官僚に取らせるようになりました。常に差別化していくんです。
 このような考え方だと、社長が大学院に行ったら、部下には絶対に行かせません。ですから社長も、社員より少し上に立って見下ろすようなポジションにつくために大学院に来たのかなと、最初は思ったんです。そうしたら、どんどん従業員の方を大学院に来させる。毎年数名ずつ入学してくるんですね。そうやって勉強させている。そして、海外にもいろんな人を行かせるわけです。その動きというのはまるで、上場企業のやり方なんです。変な言い方ですけれども、中島商会というのは、上場企業の経営行動をとっている非上場企業なわけです。

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中島社長:やはりうちの従業員が大手企業の方と日常的に接したり会食したりするとき、「大学はどこなの?」という話になって「工業高校です」となると、そこで何かしらのヒエラルキーができてしまうんです。それが最大の理由ですね。だから、人材育成のためには、相手と同じ目線の土壌に立たせるということが、お互いフェアに接していける一番の作戦ではないかと思います。
 ある社員は、高校を出て美容系の専門学校に行ったものの、薬剤で手がボロボロになって、途中でドロップアウトした。それでいったんチェーン店の居酒屋で働いた後に、縁あってうちの会社に来ました。彼が「高卒でも大学院に行くことが出来るんですか?」と聞いて来たので、「行けるよ。ただしこういう条件がそろってから」と話したら、1年くらい勉強して、見事に合格しました。しっかり学んだことがなかったからこそ、これが学ぶ喜びの初体験となって、今はすごく充実しているようです。

自分の頭で考えるための経営理念

永谷:社長が中島商会に入られてから、経営理念などが今のものに変わったんですね。

中島社長:そうです。私が入った時には、中島商会の経営理念は、あってないようなものだったんです。「和」というデカいことと、経営の合理化とか経費の節約とか、要するにミッションとビジョンがごちゃ混ぜに入っていた。

倍教授:これ、完璧ですよ。競争的な概念や、競争的な意味合いの言葉が理念に入っている会社はダメなんです。『永続企業の条件』にも書きましたが、それをある企業の方が読まれて、「当社の理念を作ってください」と言って来られたことがありました。その会社の理念には、「業界一を目指す」というふうに、他社との比較が入っている。こういうのが入っているとダメなんです。パナソニックは「企業は社会の公器である」と謳っています。そこから、方針に落とすときに具体化していけばいい。理念は、どのようにも解釈できるような、目標とか標語のようなものでいいのです。中島商会の、「社会の暮らしに健康で快適な喜びを与えること」、これでいいのです。そして、「ここを具現化するとこうなるぞ」というのをどんどんブレークダウンして落としていく。

永谷:経営理念などを作られたのは2002年ですが、当時どのような思いで作られたのでしょうか。

中島社長:みんなは何を目標に仕事をしているのだろうと思ったんです。一番ひどいと思ったのは、当時のうちの社員はゴミをゴミ箱に入れない。ポイ捨てでした。それから、定年間際になった方が、「自分はもうあと1年だから」という言い訳ばかりで、指示待ちが多かったですね。
 それを変えるために、企業理念を作りました。毎朝、朝礼で唱和するのですが、最初は当然、なかなか実践できません。それで私が店舗に赴いて、一緒にお客さんのところを回っている時に、「なんでこういうものを作ったのか」ということを説明しました。それについてこられた人もいますが、逆もいましたね。「難しいことを言われても……」という人は辞めて行きました。でも中には、もうリタイヤされたOBの方から「こういうものがあって助かった」と言われることもありますね。

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倍教授:カメラのキタムラでも、手帳サイズのものを、財布や手帳に入れていますね。それはマニュアルではなく、各自が行動する時、忘れそうになった時にパッと見るようなものなんです。今後の組織ということを考えたとき、キタムラでは、「野球型組織ではダメなんだ」と言っています。というのは、御社も全国各地に約40ヶ所の事業所がありますが、毎朝社長の挨拶をグループウエアとかを使って見ていたりします。でも、それがどうしても、だんだん形骸化してくるわけです。ラグビー型、あるいはサッカー型の組織では、一度選手たちがピッチに出てしまったら、45分間はもう帰って来れないわけです、野球は1回終わるごとに戻ってきて、コーチや監督と話し合うことができるスポーツです。先ほども話したように、トップマネジメントは、ミドルやローアーの話にはほとんど関与しないわけですから。中小企業などでは、やたらと社長がコミットしてくるというケースもあります。そこが全国規模になった時に、ラグビー型に切り替えていかなければいけない。自分たちで考えて動けるように。

中島社長:まさにその通りですね。だからあえて曖昧な言い回しにしたんです。「自分たちで考えろ」と。

倍教授:抽象的じゃないとブレークダウンできないからダメなんです。だから、これは完璧だなと思いました。ここまで分かった上でやられているのはすごいですね。
 そして次なる戦略に向け、いま手探り状態で人材育成をされていると思いますが、若い世代はどうですか。

永谷:入社式や、社長が出てくる研修で実際の声を聞いた若者というのはやはり目の色が変わるのですが、ずっと社長頼みのままではいけないと思っています。従業員規模も、この数年で100人単位で増えていっていますし。私が社長と初めてお会いした時は、まだ専務でしたから、専務の立場でいろんな従業員に会えていましたが、今は社長なので、中間も育っていかないと行き届かない。「言ってることが違うんじゃないの」というような不整合が生まれてもいけないですし。

倍教授:ある程度は不整合が生まれてもいいんですよ。そこはあまり気にせず、自分のアイデアで動いていって、それを今度は社長が「俺がケツを持つよ」というフェーズに変えていくというのも。それを待っているわけでしょう。

中島社長:そうですね。

倍教授:皆さんもそれなりに育っていると思いますから、たぶん発言されることとか取られる行動は、ある程度社長ももう読めているでしょう。ですから、そんなに「お前、これはおかしいよ」とは言わないと思います。年を取ると、それを言うような時期になりますけれども、その前にはたぶん退かれるでしょうね。そういう人ですから。また、そういうことを言い始めたら、若手が「社長、もう引退して下さい」と言えなければダメなんです。それがいい会社なんです。独裁的になってきている会社は、僕が今まで見てきた限りでは、必ず倫理的に問題あることをトップマネジメントの人がしてしまう。それは政治でも同じです。オープンにしていて透明性の高い会社は、透明性を高くした上でヒエラルヒーを付けている。だから給料だって変えればいいわけです。社長がいなければこういう斬新なことができないんだということが分かっているから、社長は多く給料を取っていいわけなんです。日本の風土がそれを許さないから、違う取り方をして、日産のゴーンさんのような問題が起きたりする。アメリカではGEの社長なんて、年間36億円ほども取っているんです。それからすれば、ゴーンさんなんてその4分1くらいです。ですから、日本の人たちにも、新しい経営のやり方を分からせないといけない、「下請けのままでいいんだ」ではいけないと僕は思います。

多角化とグローバル化で100年企業へ

永谷:今日は、倍教授と社長とでいろいろとお話をいただきましたが、70周年からその先に向けての思いを、最後にひとことお願いします。

中島社長:やっぱり「多角化」だよね。そして、日本人だけの社員にしないということ。

倍教授:ダイバーシティですね。僕は日本特派員協会の会員になっていますが、ここは10年前からウエイターやウエイトレスがダイバーシティです。ネパールやパキスタン人、日本人、イタリア人など。国連環境計画に強い先生と食事するときによく話すのは、なぜ日本は、ここのような多国籍の形でやれないのかなと。やはり日本は島国だからか、日本人のヒエラルキーがあって、外国人を入れてもなかなか上には上がれない。社長がおっしゃられておられるのは、そういう垣根をとっぱらってしまうということですね。大学は今、やっとそうなりました。私が教えている立教大学は、文科省「スーパーグローバル大学創成支援」に指定されています。2014年に指定を受けましたが、この学生がそろそろ卒業して社会に出てくるので、社会の方もそうなっていくでしょう。

中島商会創業70周年記念対談9

中島社長:日本の場合は、これから塗料に関する社会問題はあまり発生しないと思います。ただ、ASEANやアフリカなんかは、まだまだこれからです。彼らは、病気の原因が塗料にあるというのが分からない。20年ほど前に、中国の新築マンションで「シックハウス症候群」が頻発しました。内装は、日本のようなクロスではなくて、ペンキなんです。マンション購入後、1ヶ月間は窓を開放している。それでもVOC(揮発性有機化合物)とかが抜けずに、ホルムアルデヒドとか残っていて、アトピーや喘息になったり、亡くなった子どももたくさんいるんです。万単位で……。たまたまうちに問い合わせが来て、いろいろな測定器具で調べたら、もうひどかった。人が住めるような環境ではないんです。それで、漆喰がいいということで、1年間、中国に合う塗料は何か、マーケティングしました。おそらくこれから進出するだろうミャンマーに関しても、これから塗料に関する人体への有害な問題が出てくると思います。そのあたりは我々が「こういう事例が過去に日本であったから」という部分で貢献できるはずです。そのために、様々な外国人を受け入れて、いずれは自国でナカシマミャンマーなのか、ナカシマベトナムなのか、そういう形で展開していけたらと思っています。
 そうした展開を塗料メーカー1社でやると、どうしても自分のところの製品しか分からない。当然データは取りますが、自社の商品の方が秀れているというパターンが多いので、そこを客観的に見られるのが我々かなといったところもありますね。

倍教授:面白いと思うんですよね。「塗料」をやっていたのが、いつの間にか建築資材の漆喰などにも関わって、変わってきていますから、これが「多角化」ですね。そうやって多角化をどんどん進めていっても、商社の機能で束ねられます。例えば、たばこから清涼飲料水に主軸を移したJTなんかが「多角化」と言われていますが、そうした変化は非常に大変なんです。だけど、中島商会の場合は、多角化していても、総合商社の枠組みで全部取りまとめればいい。

中島社長:住宅の内装だけでなく、海外ではテーブルなどでも、まだシンナーを混ぜて塗装しているんです。ですからそこに、当然環境にも人体にも有害でないもの、なおかつデザイン性も含めた形でいいものを提案していく。日本では住宅を建てる際、いちいちショールームにキッチンやトイレを見に行ったりするんですが、ショールームではなくて、逆にすべてそこでワンストップで完結できような形にいずれなればいいなと考えています。
 時節柄、今はファイナンスもすごく資本効率を求めるようになっています。そして、儲けになる事業にどんどん投資していく。そうしたことも、ちょうど我々にとっては追い風になっています。
(対談:2019年8月20日 中島商会)

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プロフィル
倍 和博(ばい・かずひろ)
立教大学経営学部経営学科特任教授。
1967年宮崎県生まれ。麗澤大学国際経済学部教授及び同大学企業倫理研究センター研究員。博士(経営学)。 (社)全国経理学校協会作問委員、日本経済新聞社「CSR会計研究会」主査、経済産業省健康資本増進グランドデザインに関する研究会委員等を歴任。著書に『永続企業の条件 環境変化に打ち克つ5原則』など。